羽生善治『決断力』

決断力 (角川oneテーマ21)

決断力 (角川oneテーマ21)

p.135-136

 相撲は二人の力士が仕切り、立ち上がってまわしを取り合うまでおそらく一秒もかかってない。0.0何秒の世界なのだが、その0.0何秒の瞬間に、両まわしを取ってしまう、自分の好きな形に持ち込んでしまう、そういう形に持ち込めれば、相手はいくら力や技があっても、そのあと、力を出す間もなく土俵にたたきつけられてしまう。
 将棋の世界でもそれと同じことが起こっている。どんなに読みの力や経験があっても、立ち合いで負けてしまうと、力を発揮する場面にならないで勝負がついてしまう。あっという間に土俵の外にほうり出されてしまうわけである。そのため、大部分の棋士たちは、そういう知識とか情報に重きを置いて研究し、練習しているのが現状だ。
 若い人たちはよく研究していて、たとえば、矢倉戦法であったら「矢倉研究会」と名づけて、八人とか十人の棋士たちが集まり、矢倉の局面だけを深く研究しているのだ。くり返し研究しているから多くの情報や知識を蓄積できる。かなりのアドバンテージが得られるわけだ。
 つまり、過去にどれだけ勉強したかではなく、最先端の将棋を、どれだけ勉強したかが重要なのだ。ここ一年とか二年とか、本当に短い間にどれぐらいそれを勉強しているかが問われるようになった。
 その土俵は誰も避けては通れない。最先端で争っていると、そこを避けることは、逃げることでもある。勝負を逃げてしまうと、気持ち的にも逃げることになってしまう。そして、段々と消極的な作戦しか選べなくなってしまうのだ。