小泉義之『生殖の哲学』より

生殖の哲学 (シリーズ・道徳の系譜)

生殖の哲学 (シリーズ・道徳の系譜)

「第二章 生殖技術を万人のものに−−「交雑個体」を歓待する」から。

 立法者はこう想像を働かせている。人クローン個体は可能だ。それだけではない。「交雑個体」も可能になる。人間なのか動物なのか定かでない「交雑個体」も作り出せるかもしれない。立法者の想像力は、生殖技術の力能を前にして面食らっている。カントは、『判断力批判』で、人間の想像力の限界点を印すような自然物のことを、崇高なるものと称していたが、「交雑個体」は崇高なるものに相当する。カント以後においては、崇高概念は美術作品や政治的営為に対してだけ適用されてきたが、いまやカント本来の語義に立ち返って、「交雑個体」という美術=技術作品かつ自然物に対してこそ適用されるべきである。カントのいう崇高なるものを、人類史上初めて眼にする時が近づいているのである。