田村隆一『田村隆一詩集』より
- 作者: 田村隆一
- 出版社/メーカー: 思潮社
- 発売日: 1968/01
- メディア: 単行本
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空から小鳥が墜ちてくる
誰もいない所で射殺された一羽の小鳥のために
野はある
/
窓から叫びが聴えてくる
誰もいない部屋で射殺されたひとつの叫びのために
世界はある
/
空は小鳥のためにあり 小鳥は空からしか墜ちてこない
窓は叫びのためにあり 叫びは窓からしか聴えてこない
/
どうしてそうなのかわたしには分らない
ただどうしてそうなのかをわたしは感じる
/
小鳥が墜ちてくるからには高さがあるわけだ 閉されたものがあるわけだ
叫びが聴えてくるからには
/
野のなかに小鳥の屍骸があるように わたしの頭のなかは死でいっぱいだ
わたしの頭のなかに死があるように 世界中の窓という窓には誰もいない*
はじめ
わたしはちいさな窓から見ていた
四時半
犬が走り過ぎた
ひややかな情熱がそれを追った
/
(どこから犬はきたか
その痩せた犬は
どこへ走り去ったか
われわれの時代の犬は)
(いかなる暗黒がおまえを追うか
いかなる欲望がおまえを走らせるか)
/
二時
梨の木が裂けた
蟻が仲間の屍骸をひきずっていった
/
(これまでに
われわれの眼で見てきたものは
いつも終りからはじまった)
(われわれが生れた時は
とっくにわれわれは死んでいた
われわれが叫び声を聴く時は
もう沈黙があるばかり)
/
一時半
非常に高いところから
一羽の黒鳥が落ちてきた
/
(この庭はだれのものか
秋の光りのなかで
荒廃しきったこの淋しい庭は
だれのものか)
(鳥が獲物を探すように
非常に高いところにいる人よ
この庭はだれのものか)
/
十二時
遠くを見ている人のような眼で
わたしは庭を見た*
空は
われわれの時代の漂流物でいっぱいだ
一羽の小鳥でさえ
暗黒の巣にかえってゆくためには
われわれのにがい心を通らねばならない*
ひとつの声がおわった 夜明けの
鳥籠のなかでそれをきいたとき
その声がなにを求めているものか
わたしには分らなかった*
ひとつのイメジが消えた 夕闇の
救命ボートのなかでそれをみたとき
その影がなにから生れたものか
わたしには分らなかった
/
鳥籠から飛びさって その声が
われらの空をつくるとき
救命ボートをうち砕いて その影が
われらの地平線をつくるとき
/
わたしの渇きは正午のなかにある