石川直樹『全ての装備を知恵に置き換えること』より

全ての装備を知恵に置き換えること

全ての装備を知恵に置き換えること

「全ての装備を知恵に置き換えること」から。

 イヴォンにミクロネシアの古代航海術の話をすると目を輝かせた。ぼくはこれまで毎年のようにミクロネシアの離島に通い、現地の古老から海図やコンパスなどの近代計器を一切使わない伝統航海術を学んでいる。ミクロネシアの航海術は、ぼくの師匠でもあるマウ・ピアイルグという男を起点に、ハワイや南太平洋全体にも広がっている。それは海洋民としての誇りを失いかけていたアイランド・ピープルたちにとって、自分たちのアイデンティティを取り戻す大きなうねりのようなものだった。
 イヴォンはハワイの伝統航海師ナイノア・トンプソンのことや、レジェンド・サーファーで現在は鎌倉でポリネシアンカヌーの建造に奔走しているタイガー・エスペリらのことをよく知っている。そしてナイノアやタイガーたちが身体を使って携わっている古代航海が、どれだけ冒険心に満ちていて興味深いものであるかということを、十分に理解していた。タイガーやナイノアたちの近況をぼくに尋ねた後、彼はこう言った。
「冒険というものの究極は自分の身体一つでおこなうことだと思っている。もしある人がはじめてクライミングをやりはじめたら、周りにある装備を全て使うだろう。例えばアイスクライミングだったら、最初はダブルアックスで氷壁を登るかもしれない。それはとても簡単なことだ。しかし、技術を身につけていくにつれ、その氷壁を一本のアイスアックスで登れるようになるかもしれない。もしも、禅マスターだったらここに座ったままでも氷壁を登ってしまうかもしれない(笑)。それはある道筋のようなものなんだ。私にとっての究極は何の道具も使わない"ソロクライミング"なんだよ。チョークもクライミングシューズもガイドブックも……。裸で登るのが究極さ。きみが興味をもっている古代の航海術と同じように、全ての装備を知恵に置き換えること。それが到達点だと思っている。私はそれを完全に信じてやまない」