ヴァルター・ベンヤミン『一方通行路』より

ベンヤミン・コレクション〈3〉記憶への旅 (ちくま学芸文庫)

ベンヤミン・コレクション〈3〉記憶への旅 (ちくま学芸文庫)

街道を歩いてゆくか、飛行機でそのうえを飛ぶかによって、街道の発揮する力は異なる。同様に、テクストを読むか、それを書き写すかによって、テクストの発揮する力は異なる。空を飛ぶ者に見えるのは、道が風景のなかを進んでゆくさまだけであり、彼の目には、道はまわりの地勢と同じ法則に従って繰り広げられてゆく。道を歩いてゆく者だけが、道の支配力を知る。そして、飛行者にとってはたんに伸べ広がった平野にすぎない、まさにあの地形に、道が号令をかけて、遠景や、見晴し台や、林間の空き地や、すばらしい眺望を、道の曲がりくねりごとに呼び出すさまは、ちょうど指揮官が兵士たちを前線から召喚するのに似ているが、そうしたさまを経験するのも、歩いてゆく者だけである。同じように、書き写されたテクストだけが、それに取り組む者たちの魂に号令をかけるのであり、それに対し、単なる読者は、自分の内面の新しい眺めを決して知ることがない。そうした眺めをテクストは、つまり密になってはまた疎らになる内面の原始林を通るあの道は、切り開くはずなのだ。なぜなら読者は、夢想の自由をさまよう、自分の自我の動きにおとなしく従うのだが、書き写す者は、そうした運動に対し号令をかけるのだから。