ポアンカレ『科学と方法』より

科学と方法―改訳 (岩波文庫 青 902-2)

科学と方法―改訳 (岩波文庫 青 902-2)

孤立した事実は、科学者にかぎらず、素人をも、誰の眼をもひくけれども、いくつかの事実が互いに深く類似しながら、その類似点が隠れているとき、これを結びつける鎖をみとめること、これは真の物理学者のみがなし得ることである。ニュートンの林檎の逸話はおそらく事実ではなかろうが、象徴的の意味を持っているから、かりにこれが事実であったとして話をすすめよう。ニュートン以前に幾多の人が林檎の落ちるのを見たということは、疑うべくもない。ただ、誰もそれから何等の結論をも引き出し得なかったのである。背後に何かを潜めているような事実を識別して選み出す力、またその背後に潜むものをみとめる力をもった精神、粗製の事実の下に事実の真髄を感得する精神がなかったならば、それらの事実からは何者も生れ出ずることがないであろう。