ヘンリー・ミラー『北回帰線』より

北回帰線 (新潮文庫)

北回帰線 (新潮文庫)

 いまぼくを猛烈に熱中させているものが、たった一つある。それは世間の書物では省かれているすべてのものを記録することだ。なんびとも、ぼくの理解しうるかぎりでは、われわれの生に方向と動機づけをあたえている空気中のそれらの諸元素を利用してはいない。殺人者だけが、それらが人生にあたえつつあるものを相当満足すべき程度に人生から引きだしているようだ。時代は暴力を奨励する。だが、われわれが獲得しつつあるものは不十分な爆発ばかりだ。革命は蕾のうちに摘みとられるか、でなければ、あまりにも早く成功する。激情は、たちまち涸渇する。ひとびとはまだ「平常のとおり」思想の世界へ逃げかえる。二十四時間以上つづくようなことは一度も提言されたことがない。われわれは一世代の期間に百万代の生涯を閲しているのだ。昆虫学や深海生物の研究や細胞の活動についての研究では、われわれはそれ以上の……