魯迅『野草』より
- 作者: 魯迅,竹内好
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1980/07/01
- メディア: 文庫
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沈黙しているとき私は充実を覚える。口を開こうとするとたちまち空虚を感じる。
過ぎ去った生命はもう死滅した。私はこの死滅を喜ぶ。それによって、かつてそれが生存したことがわかるから。死滅した生命はもう腐朽した。私はこの腐朽を喜ぶ。それによって、今なおそれが空虚でないことがわかるから。
生命の泥は地に棄てられ、喬木を生まず、ただ野草を生む。これ、わが罪だ。
野草は、その根深からず、花と葉美しからず、しかも露を吸い、水を吸い、死んで久しい人間の地と肉を吸い、おのがじし自分の生存を奪いとる。その生存も、踏みにじられ、刈り荒らされ、ついに死滅して腐朽するまでだが。
だが私は、心うれえず、心たのしい。高らかに笑い、歌をうたおう。
私は私の野草を愛する。だが野草を装飾とする地を憎む。
地火は地中を運行し、奔騰する。溶岩ひとたび噴出すれば、一切の野草と、および喬木とを焼きつくす。こうして腐朽するものさえなくなる。
だが私は、心うれえず、心たのしい。高らかに笑い、歌をうたおう。
天地がかくも静謐では、私は高らかに笑い、歌をうたうことができない。天地がかくも静謐でなくても、私にはそれができぬかもしれない。私はこの野草のひと束を、明と暗、生と死、過去と未来の境において、友と仇、人と獣、愛者と不愛者の前にささげて証とする。
私自身のために、友と仇、人と獣、愛者と不愛者のために、私はこの野草の死滅と腐朽の速やかならんことを願う。そうでなければ、私はそもそも生存しなかったことになる。それでは実際、死滅と腐朽よりも不幸だ。
去れ、野草よ、わが題辞とともに!
一九二七年四月二六日、
広州の白雲楼にて、魯迅しるす。