那珂太郎「青猫」

昨日から動物つながりということで、今日は猫で行ってみたく。
「青猫」という題の詩です。作者は那珂太郎さん。

  青猫
あをあをあをあおおおわぁ おわぁ あを
ねこの麝香のねあんのねむりのねばねばの
ねばい粘液のねり色の練絹のしなふ姿態の
ぬめりのぬばたまの闇の舌のしびれの蛭の
秘楽の瞳のきらめきのくるめきのくれなゐ
の息づくいそぎんちやくの玉の緒の苧環
怖れの奥津城の月あかりの尾花のうねりの
無明のゆらめきの青のうめきのなまめきの
あをあをおわぁ おわわわわあを おわぁ

すばらしい。わたしはこういうの好きなんですよねー、言葉が踊ってるみたいな、安直に言えば無意味ギリギリ感のある言葉を読むと、アドレナリンがガーッと出てしまうんですよ。*1
わたしは思潮社の現代詩文庫『続・那珂太郎詩集』でたまたま読んだんですが(すみません那珂さんについても詳しくは存じ上げません。ただ、詩誌『ユリイカ』から出発した方らしく、また西脇順三郎鮎川信夫島尾敏雄草野心平といった人々への追悼詩が載せられていました)、いやーいい詩ですね。「あをあを〜」っていうのがふにゃっとした猫のあくびを思い出させますし、その口のなかのやわらかい部分へと思わず降りていくような感覚がまた見事に描きだされていますし。そこから月あかり漂う夜の不穏な情景に出てゆき、またあくびへと戻るのもいいですよね。タイトルからして日本語現代詩の音韻の先陣を切ったと言われる萩原朔太郎の詩集『青猫』なんかへのオマージュへもなっているところも、またなんというか脳内に蒼白い火花をつけられますよ。
青空文庫萩原朔太郎http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person67.html#sakuhin_list_1
ぱらぱらと『続・那珂太郎詩集』を読んでみたかぎりでは、年ごとにスタイルをかなり変えられているようなんですが、やっぱりこの頃は象徴主義の影響が強いようですね。連鎖してゆく音韻がここちよいんですが、「音韻に関するノオト」というエッセイのなかでは、たとえば次のように書かれています。

彼[=マラルメ]が、「詩句とは幾つかの単語から作つた呪文のやうな、國語の中にそれまで存在しなかつた新しい一つの語である。」といふとき、私たちは詩作へとかぎりなく鼓舞されるであらう。

国語のなかでそれまでは存在しなかった「呪文」のような語をつくりだすことが詩作にとって重要なのだとすれば、詩は、言語を用いてそこにそれまでは存在しなかったと思われていたような可能態を引き出して、言語の持つ性質を換骨奪胎してしまうことにも関わっていることでしょう。その、言葉にしなやかさを与える感じはいかにも「猫」という動物にふさわしい詩のような気がしました。

『続・那珂太郎詩集』isbn:4783709130
『那珂太郎詩集』isbn:4783707154

*1:苧環」の読みは「おだまき」。広辞苑によると「1.つむいだ麻糸を、中が空洞になるように円く巻いたもの。/5.キンポウゲ科多年草。/6.飴入りの求肥餅の上に蕎麦粉で緒を群らせた筋をつけた菓子。7.「苧環蒸し」の略。」とあるのでどれかでしょう……。わたしにはわかりませんが気になる方はお調べを……。「奥津城」は「おくつき」で、「1.神霊の鎮まる所。神の宮居。/2.墓。」とのことです。